現在の静岡県の地域が形成されたのは、明治9年(1876年)、江戸時代に幕府の直轄領、
旗本の知行地、諸大名の領地などが複雑に入り組んでいました。
しかし明治4年(1871年)7月、廃藩置県により韮山県(伊豆)、静岡県(駿河・遠江)、堀江県(浜名湖北部)の3県にまとめられました。そして同年11月韮山県は足柄県の一部となって、遠州には浜松県が新たに誕生。その後明治9年4月、足柄県が廃止になり旧伊豆国が静岡県と合併、同年8月21日には浜松県と合併し、これが今日の静岡県である。そのため8月21日は「県民の日」とされています。
地理的には、日本のほぼ中央に位置しており、太平洋に面して東西155km、南北118km、7779平方kmの面積を有し、南側から、遠州灘、駿河湾、相模灘に沿った約500kmの海岸線があります。北側は富士山など3000m級からなる北部山岳地帯が東西に、長い地形を囲んでいます。
静岡の由来は
県名は旧藩名を継承したもので、駿府学問所の向山黄村(むこうやまこうそん)らが命名しました。
駿府藩主の徳川家達が、賤機山(しずはたやま)にちなんだ「静(しず)」「静城(しずき」「静岡(しずおか)」の3案を明治政府に上申し、「静岡」が選ばれました。 |